DAIKYU DIARY 大九日誌

シンコーストゥディオ代表 米井がつづっています

日本のジュエリーと伝統工芸

伝統工芸とジュエリーには深いつながりがある


あまり知られていないのですが、日本の伝統工芸と言われる金工の仕事と日本のジュエリーには深い、深いつながりがあります。
と知ったかぶりをしたところで、私自身もこのジュエリーの仕事に携わるようになり、職人さんから教えていただいて知ったことです。
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日本のジュエリーの背景を知るようになってから、私はやっとジュエリーという仕事にきちんと向き合っていこうと思えたのだと思います。

江戸時代、大名たちは競って刀や武具、つまり鍔(つば)や鎧(よろい)等々の装飾を施す金工師をかかえ、育てていました。
その技術や、アーティスティックな感性は世界に類を見ないほどのもので、今見てもため息が出ます。

明治になり廃刀令が施工されると、その金工の仕事をしていたものたちは、美術品としての工芸やジュエリー製作のの道へ仕事を転換していきました。
象嵌(ぞうがん)や色金(いろがね)を用いた、超絶技巧の工芸品は、パリ万博などで人気を博しヨーロッパでのジャポニズムの流れの一端を担いました。

東京藝大での教育


東京藝大の基礎を築いた岡倉天心は、海外での生活も長く日本の美術に対する造形が深かったためか、日本独自の絵画や陶芸、金工などの学科を設置しています。
東京藝大の初期の彫金科(工芸科)の教授は、加納夏雄海野勝珉といった海外の博覧会などでも高く評価されていた金工の仕事をする人たちでした。

金工の仕事


これは、目貫(めぬき)という刀のもち手のところにはめ込まれる小さな装飾細工。
実は、紐がかかってしまって、その全様は見えなくなってしまうのですが、こういうことに昔の日本人は凝ったのですね。
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すごく生き生きしていますよね。
当時は鋳造(ちゅうぞう)ではつくれなかったので、「打ち出し」といって、鏨(たがね)で平らな板を叩いて立体感を出していきます。
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これが刀についていたかと思うと、ちょっと洒落っ気があって、笑ってしまいます。
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日本の工芸とデザイン


こういった、日本の引き継がれてきた仕事を見ると、その仕事の創造性の高さと質の良さを感じます。
そして、日本のジュエリーはこういった、金工の仕事から派生しているので、決して西洋の真似ではないと確信しています。

でも、それには今を生きる人が必要とするメッセージのあるジュエリーを、デザインの段階から考えていかなければいけないと思っています。
デザインの応えは、すべて社会の中にある。
人が求めている、必要としているものを、つくり手、売り手、身につける人たちも巻き込んでつくっていくのが、正しいモノのつくり方だと強く感じる今日この頃です。

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シンコーストゥディオ/ジュエリー・アーティスト・ジャパン(JAJ)

代表 米井亜紀子

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