DAIKYU DIARY 大九日誌

シンコーストゥディオ代表 米井がつづっています

ジュエリーのデザインについて思うこと

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誰のためにデザインをするか


ジュエリーのデザインというと、ダイヤがあって、きらびやかで、華やかで、そういうイメージがあります。
しかし、今ジュエリーのデザインの状況というのは世界において、大きな潮流が分かれていっているように感じるのです。

1つは、新興国におけるジュエリー展示会での豪華な富を象徴するジュエリーと、人の発想や創造性などを根拠とする、人の心のより所となるジュエリー。

私自身は後者の方のジュエリーが今の日本や先進国には必要とされていると考えているし、自分自身もずっとそういったジュエリーをつくりたいと考えていました。

それは、本来のデザインということに立ち戻ってみるならば、デザインは本来「社会の要求や問題点をすくい取り、一緒に問題解決をしていく。」という役割があったはずで、私たちつくる側が、独りよがりにつくってもあまり意味がない。

ですから、今を生きている人たちが本当に欲しいもの、あるいはこのジュエリーを着けたら、なにかその方の心が変化するとか、感動するとか、受け取る側の人の心の微妙な機微を感じ取らなければいけないと思っています。

あくまでも、買う側、つける側の要望に沿ってつくる。
そして、最終的には、「つくる、うる、つける」人たちが、うまく折り合いがつくところでお互いに知恵を出し合って、いいものが買えるようにする。ということでしょうか?

デザインとはジュエリーそのもののことだけではない


とはいえ、私自身はジュエリー自体のデザインもしないし、絵もかけない。

よく私が店頭で接客して、「すべてオリジナルの商品で、私がオーナーです。」と話すと「ジュエリーデザイナーですか?」とか「自分でつくるクラフトマンなのですか?」と聞かれます。

確かに、デザインをすることも時々はあるし、どうしてもというときは簡単なろう付けくらいはする時もあります。

けれど、基本的には直接デザインの絵は描かないし、製作もしません。

今、一番日本のジュエリーの世界に足りないのは、社会とジュエリーをつなぐ窓口だと考えているからです。

ジュエリーをつくりたい人は、本当にいっぱいいるのです。

でも、今の社会の要望と合っていなかったり、あるいはジュエリーの製作側の本当の意図が伝わっていなかったり。つまり俯瞰して物事を見て、ディレクションというのでしょうか?プロデューサーというのかな?
そういうことを生業(なりわい)としている人が、ほとんどいないということに気がつきました。

だから、それからは自分で直接デザインをするのではなく、もっと才能があるアーティストやデザイナーの力を借りて、私が営んでいるシンコーストゥディオをうまく利用してもらえばいいと、考えるようになりました。

そして、そこにお客様や、クラフトマンや、色々な人が集まって語っていける場所になればいいと考えたのです。

今、やっと少しずつその形ができつつあります。

デザインって、実はそのジュエリーそのものの形だけではなくて、そこにいたるプロセスだとか、背景だとか、空間だとか、そんなものを含めて、「デザイン」というのではないか?

と、デザインの専門家でもない宝石屋のおばちゃんは思うのです。
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シンコーストゥディオ/ジュエリー・アーティスト・ジャパン(JAJ)

代表 米井亜紀子

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