DAIKYU DIARY 大九日誌

シンコーストゥディオ代表 米井がつづっています

自分で選ぶ難しさ- ジュエリーというものを通して

自分の生き方に沿ったものを選ぼう


ジュエリーという、最も世の中に必要の無いものといわれ、それをつくって売っていると、「人はなぜものを買うのだろう?」
というかなり究極的な問いにぶち当たる。

シンコーストゥディオ ISAGI[潔]リング, K18 ダイヤモンド

実は「ものを選ぶ、ものを買う。」
という行動は、実に難しい。

限られたお金を工面して買うのだから、その中で何を買うか、その人の生き方だとか、人生観だとかが反映されていく。

特に、ジュエリーの様な日々の日常生活に必要のないものは特にその判断が難しくて、一般の人たちはどのジュエリーを買ったらよいかなど到底わかるはずもない。

しかし翻ってみれば、いらないものだからこそ、「自分の生き方に沿ったものを選らぼうじゃないか。」と提案したくて、ジュエリーの仕事をしているのかも知れない。
製作から関わり、ジュエリークリエーターのためのコミュニティを作り、販売をしています。


情報が溢れる中で取捨選択する能力が問われている


ここ数年で、ネットを含めた情報が多すぎる。

私もご他聞に漏れず、フェイスブックやツイッター、インスタグラム、その他諸々のSNS,そしておびただしい広告。
情報は確かに簡単に手に入るようになった。

けれどあまりにも情報が溢れていて、どれが本当の情報であるかを判断するのが難しくなっているように思います。

自分が今、情報に操られて大切なものを忘れていないかどうかを、いつも疑ってかかっていないとことの本質を逃してしまう危うさがある。

たとえば、受験産業。
大学に行くことは、悪いことではないが、あまりに高額な予備校、膨大な借金になる奨学金を借りてまで、全ての大学が行く意味があるものかを問い直してみる必要があるかもしれない。

そんな状態だから、自分が本当に必要なものを見つけて、高額なお金を払うのには相当な勇気と決断が必要になる時代だと思う。

日常にどれだけ喜びや勇気を与えてくれるものか


今、私のものを買うときの順番のつけ方は、まず「自分の日常にどれだけ喜びや勇気を与えてくれるものか。」という判断が働いている気がします。
というのは、ジュエリーにしろ、日用品、食品にしろ、心地よく、つつがなく、幸福に日々を送りたいという願いのようなものがあります。

これは、人それぞれで、感じ方や、価値観は大いに違っていいと思っています。

しかし、私の判断基準は、近頃「日々の生活。」
実は、この日常を保つのは結構大変だと、今、人々は気づき始めています。

だからこそ、日常に使える上質なジュエリーが、必要とされているのではないかとも思います。
おそらく、私たちがつくるジュエリーはそれほど奇をてらった形ではないかもしれない。
けれど、着け心地や質感を感じて、ずっと使って欲しい。

新しいものをつくるたびに、ひどく消耗をするのです。
それでも、今また、ジュエリーアーティストやクリエーターと共に「丁寧に日常を生きる。」をテーマに、ものづくりを始めました。

西林佳寿子展終わりました

 

シンコーストゥディオ/ジュエリー・アーティスト・ジャパン(JAJ)

代表 米井亜紀子

もう着飾るためのジュエリーはやめよう!

ジュエリー=着飾るをやめよう


ジュエリーというと、特別の時、着飾る時に着けるというイメージがあるけれど、本来のジュエリーの存在する意味を考えてみると、この考え方からもう脱却しても時期ではないかと思っています。
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以前は富の象徴やラグジュアリーな生活をしているのがステイタスだったけれど、経済発展が行くところまで行ってしまった今なんだかそういったものが虚像に見えて来た。
最近、もっと自分らしく、自分の考えで、自分の生き方で生きていくほうがとても楽に生きられるような気がしています。

もうそろそろ、ジュエリーも自分の思想やライフスタイルやそういうものとリンクするものを選ぼうではないか!
そして、長く長く使おうではないか!

デザインはただ単にそのジュエリーの形だけではない


「デザイン」というと、大抵そのものの形を言うけれど、私はそうは思わない。
そこにいたるプロセスや、想いや、そして何より今社会にある問題を解決するのが「デザイン」の最大の役目だと思っています。

それはとても難しいことなのだけれど、世の中に生きている人の声に耳を傾けなければいけない。
たとえば今なら、なんとも閉塞的な今の世の中に生きる人たちの心をどうしたら少しでも穏やかにできるだろうか?など、少し目標は大きすぎるかも知れないけれど、そんなことを考えて日々仕事をしています。

もうそろそろ、自己表現の手段としてジュエリーを選ぼう、そして着けようという、宝石屋のおばちゃんの提案。
そうしたら、もう少し人がそれぞれ違うのだということを、穏やかに、緩やかに認め合える気がする。

シンコーストゥディオがコラボレイトして作品を作っている、ドイツで活動している、ジュエリーアーティスト西林佳寿子の展示が下記の日程で行われることになりました;。ドイツに戻る前に、急遽4日限定で、「西林佳寿子展Extra edition」をさせていただけることとなりました。
詳細は下記の通り

西林佳寿子展 Extra edition
2017.5/25(木)~28(日)
シンコーストゥディオ世田谷ショップ
Open:10:00~19:00
27日(土)14:00~17:00 西林佳寿子がショップにおります。
ぜひ、お話に来てください。
詳しくはこちら シンコーストゥディオニュース

シンコーストゥディオ/ジュエリー・アーティスト・ジャパン(JAJ)

代表 米井亜紀子

普通の人が、アートと人の幸せの関わりについて語ること-コンテンポラリー・ジュエリーを通して

アートとしてのジュエリー


アートとしてのジュエリーに、コンテンポラリー・ジュエリー・といわれる分野があります。
つまり、身に着けられるアート。
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今私が運営しているシンコーストゥディオというコレクションでも、昨年ドイツで活動する、コンテンポラリー・ジュエリー・アーティスト西林佳寿子ととコラボレイトをして、新しいジュエリーをリリースしました。
実は、アーティストと組んでジュエリーをつくるという試みは、日本ではあまりされていません。
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と言っても、私がアートやデザインに深い造詣があるわけではないのです。

しかし、西林さんの作品は最初に見たときから、なんて美しいラインなんだ、質感なんだ!と思いました。
アートを感じるとか、デザインを論じるとか、なんかそういうことはどうでもよく、理屈抜きにきれいだ、心地良いと感じるものってありませんか?
それが、たまたま私の仕事の、ジュエリーとつながった。ということだと思うのです。
アートって特別な人たちがするもの、鑑賞するものだと思っていたのが、実は違っていたと最近認識を改めています。

普通の人が感じるままに


だいたい、アートという線引き自体が実際難しい。
確かにデザインは、社会の要望から立ち上がってきたもので、それに応えていくのがデザイン。
アートは、それをつくる側の個人的内面を表現したもの。
といわれます。
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しかし、デザインもアートから影響を受けたり、現代ではアーティストが全く受け取る側の要望を無視しているかというと、そうでもないでしょう。

だからあえて、私のようなアーティストでもなく、特に感度の鋭い生活をしているわけでもない人間が、その魅力を語ってもいいのではないかと考え初めています。

私の私生活も全くアートやデザインに満ちているわけではありません。
かけたお茶碗をいつまでも使っていたり、かなり使い込まれたタオルを愛用していたり。
そういうところに、ちょっとだけアートが入り込んでくるのが、楽しいかも?と思います。

正直、専門家ではないから、アートの定義や、こうでなければいけないというのはわからない。

生活のどこにでもある、じわっとした幸福感


本来人が「幸せ」と感じるのは、お金とか所有しているものの価値ではなく、ごく普段の生活でじわっと感じる幸せな瞬間の積み重ねなのではないでしょうか?
お風呂に入って気持ちよかったとか、今日聞いたあの音楽は心地よかったとか、果ては洋服のチャックがうまくしまったとか...

そういったものは、普遍で、富の多い少ないには左右されないし、かなり皆に平等に与えられる機会なのです。
そこに、アートの提案と言うのは、別に特別なものをアートと呼ぶわけではなく、やはり心地いい形や心地いい物に少し触れているということが、本来の幸せなのだろうと思うからです。

感覚的なもの、感性的なもの。
そんな、数値では測れないもやもやしたものこそ、うれしく、楽しい。

西林佳寿子展 銀座で2017年5月7日~13日銀座でやってます。
造形が楽しい。
西林さんの人柄も好きです。
西林佳寿子個展


シンコーストゥディオ/ジュエリー・アーティスト・ジャパン(JAJ)

代表 米井亜紀子

日常にある幸せ


日常のちょっとしたことが、本来の幸せ


今朝は新しいバターナイフを使ってみた。
インダストリアルデザイナーの草分け的存在の柳宗理のバターナイフ。このカトラリーシリーズは1974年に佐藤商事が発売を開始してもう40年以上も愛され続けているロングセラー商品。

今朝も、少々硬いバターをサッと薄く取ってくれる、この快ちよさに、シンプルなトーストを2枚も食べてしまった。

そして少々の野菜と一杯のコーヒー。

なんだか、それだけでいいという気がしてくる。
何かを達成したとか、評価されたとか、そんな大それたことではないけれど、こういう一瞬が、なんとなくじわっと幸せな感じがする。

丁寧に日常を生きる
最近、とてもそういった何でもない一瞬一瞬がいとおしく感じるようになった。

でも、本来の「幸せ」は本当はそんなことなんじゃないかな?

だから、ジュエリーもそういうものをつくって行きたいと思った。
それで今取り組んでいるのが、若手、あるいは新しい発想を持ったジュエリーアーティストたちとものをつくること。
7月頭に向けて、新しいジュエリーを製作しています。

新しい発想と、日常。

面白い試みだと、思っています。
多くのジュエリーは、高価で富や権力の象徴として認知されていたけれど、きっと今の時代に求められているのは、違う。
日常に身につけていて、くすっと笑ってしまったり、心地よいと思ったり、ちょっときれいだな?と思ったり、柳宗理のバターナイフと同じでいい。

欠けたコップや、少し黒くなった壁や、そういうものは捨てればいいのに、返って愛着があって捨てられない。

ジュエリーもそれでいい。
ちょっとだけ人の人生に寄り添えればいいと思う。

シンコーストゥディオ/ジュエリー・アーティスト・ジャパン(JAJ)

代表 米井亜紀子

宝石屋のおばちゃんから、地域のコミュニティを考える

地域で続いているお店もまんざらではない


シンコーストゥディオというお店は、父の代から数えると50年もこの千歳船橋で続けていることになる。
とはいえ、うちの場合は完全のオリジナルジュエリーに移行してしまったので、父がやっていた街の時計・宝石・めがねのあの懐かしい感じとはまた違ってしまったかもしれません。
図1

けれども、最近狭い狭い、この地域にこだわっていることが、実は結構よかったのではないか?と思っています。

色々な方々に、オリジナルのジュエリーを販売するのに、こんな場所ではとか。
本気で売る気があるならもう少し都心へ出て行けば?と、随分アドバイスをうけたものです。
確かに、「ジュエリーなどの高額品をこんな各駅しか止まらない駅で販売していても確かにダメかもしれない。」
と、思いながらも、都心部に出て行く勇気がありませんでした。
一番の理由は、「おそらくここでお客様を呼べないのに、都心に行っても難しいだろう、まずここで踏ん張ってみよう。」と思っていたことでしょうか。

働く女性のコミュニティをつくってみた


2011年3月に東日本大震災が起こって、日本人の価値観が少しずつ変ったと思います。
もちろん私自身も、あの地震は大きな転換のきっかけだったかもしれません。

とにかくいつも通りにお店を開けておく事。

「いつも通り」

その言葉が、実は非常にもろいものなのだということを地震の発生で強く感じました。

地震のときは、電車も止まり、職場は休み。
普段は仕事で地域にいない人、あるいはいつも忙しい人たちも地元周辺で動くしかない。
しかも、放射能の不安。

ジュエリーは全然売れなかったけれどスタッフは休みにしましたが私は一人お店を開けていました。
すると様々な人がお店にやって来ては、色々話していく。
心の不安、家族のこと。
不思議な期間でした。

うちのお店も少しは、地域の役にたっているのかしら?
少しだけ、自分のお店の存在価値を感じることができました。

ある日うちのお店にいらっしゃる通訳の仕事をしている女性とお話をしていて、「チトフナ(小田急線・千歳船橋)の近辺に住んでいる、キャリアのある女性たちの集まりをやってみましょう。」ということになりました。

「チトフナ働く女性ミーティング」なんていう名前をつけてみてお店を開放し、軽い食事をしながらお話をする場を設けました。
お店にいらっしゃる働いている女性のお客様を中心に、声をかけたら、どの方も、どの方も来たいというのです。
正直、主催する私の方がその反応に少々驚いたほど。

このとき気がついたのは、40代50代前半のいわゆる、雇用機会均等法施行初期にキャリアを持った女性たちの心境です。
男社会で仕事を始めた方々が、仕事もある程度の地位になるまでがむしゃらにやって来て、結婚や出産をへて、地域に戻って来たという印象を受けました。

15人ほどの人数があつまり。またそれがとても面白い方ばかりでした。
しかも皆さん国際的な仕事についている方や、地域のコミュニティをきちんと育てているようなかたちょっととんがった方ばかり。
仕事のほかに、何か社会に関わっていこうとする姿勢が共通していて、また人生を達観しているというか?そんな感じをどなたからも受けるのでした。
何人かの方はSHINKO STUDIO 「STORY BOOK」 で紹介しています。

こだわるものほど地域で続いているお店で


こういったコミュニティに関わると感じるのは、「狭い地域でやっていることが悪くもない」ということです。

とはいえ、キャリアを積んで来た方々の商品や、ものの売り方や、美的センスへの要求は非常に高いと思います。
いい仕事を提供しつつ、人としてきちんと付き合っていくことが求められる。

そう考えると、自然と背筋が伸びてきます。

いつまでも、顧客が納得できるものを提供していく覚悟。

きっとこだわりの高いものほど、安心できる地元のお店で買いたいよね?本当は。

そう思いながら、今日も宝石屋のおばちゃんは仕事をしています。

シンコーストゥディオ/ジュエリー・アーティスト・ジャパン(JAJ)

代表 米井亜紀子

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