DAIKYU DIARY 大九日誌

シンコーストゥディオ代表 米井がつづっています

「ほぼ日」の上場で考える日本のものづくりとジュエリーの定義

「ほぼ日」の上場の



『ほぼ日』のような会社が上場する時代になったのだなあと、少々感慨深い。

ウェブサイト『ほぼ日刊イトイ新聞』を運営し、手帳などのオリジナル商品を販売する株式会社ほぼ日が3月16日、東証ジャスダックに上場した。上場初日は、買い注文が殺到して初値がつかなかったが、糸井重里社長は当日の記者会見で、「問われているのは株価ではない」「鏡を見れば、そんなに美人じゃないって分かっている」とコメント。その冷静さが「反利益主義だ」「資本主義への挑戦か」と話題を呼んだ。(2017年5月1日 日経ビジネスオンライン)

日経ビジネスオンライン:糸井重里が語り尽くす、ほぼ日の「誤解」 独占告白120分、初めて明かす株式上場の舞台裏

人に共通する当たり前のこと


『ほぼ日』が絶大な指示を受けているのは、人にとって共通する、当たり前のことにフォーカスしているということ。
それを先駆けてネットの世界で、粘り強く毎日書いてきたことだと思う。
多様性や寛容性に満ちているってやはり大事です。

そしてそういう方向性は、必ず支持される。

文章を書いて発信するということは、それなりに責任が生じるということ。
糸井重里さんはきちんと、それを知っている。

人間としての当たり前の事、優しさを持っていること。
こういうことを大切にする会社が企業として成り立っている、この先も成り立っていくことに、元気をもらいます。

ジュエリーの定義も変って


ジュエリーはさ、「やっぱり高級品だから」、「お金持ちが買うものだから」、「不要なものだから」といわれてしまう。

そういう言葉を聞くときに、「あーちょっと違うんだな。」
私が考えるジュエリーって、ちょっと違うのだと思う。

きっと私が考えている「ジュエリー」は、一般的なコマーシャル・ジュエリー(市場で販売されるジュエリー)からは、大きくずれているのかもしれない。

素材価値より、感性や創造性。

でも、長く人の人生に寄り添うには、頑強で何年たっても世界中どこでも修理ができる最低限の素材は必要と考えています。
アーティストのジュエリーより、一般の人が選びやすくとも考えている。

だって、いくらお金があっても「10ctのダイヤモンド、お金があるから買いました!」ってなにか、かっこよくない。
それだったら、創造性のあるアーティストのものを、自分の眼力で選んで着けていたほうが、今はクールなのである。

シンコーストゥディオ/ジュエリー・アーティスト・ジャパン(JAJ)

代表 米井亜紀子

時代遅れのジュエリーを売る私たち

ジュエリーをつくる、売るという仕事が今、もっとも時代遅れに感じる理由


東京は今日も快晴で、富士山がくっきり見えます。
こんな景色も、少し高いところに登ると東京でも見ることができるのですね。
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最近は若手のジュエリーを製作している人に出会う機会が多いので、ちょっと「ジュエリー」という仕事について、今私が感じていることを書いてみたいと思います。
正直、「ジュエリー」という、従来のイメージお金持ちが、富を得たステータスとして売られ、買われる時代は終わりのほうに向かっているような気がします。
確かに、新興国ではそういった豪華なジュエリーが飛ぶように売れている。

私も2年ほど前に、バーレーン、ドバイ、アブダビなどを2度ほど訪れたことがあって、現地のジュエリー会社の見学、社長さんとディスカッションもさせていただき日本との違いを肌で感じました。
今彼らの見ているのはMENA(ミーナ, Middle East North Africa)なんだそうです。
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しかし、いわゆる経済先進国という国々では、もうそういった、金持ちのステータスであるものを見せびらかすというのが、あまりスマートではない。
そんな雰囲気を感じませんか?

それだったら、もうすこし社会に還元しようだとか。

もう少し自分個人だけではなく、色々な人に良い影響のある意義のあるものにお金を出そうだとか。

自分なりの、「買う理由」というものを、人々は求めているような気がします。

そういう意味では、ステータスの象徴であったジュエリーは、最も時代遅れで、まさに不要の長物でしかない。
そのなかでジュエリー業界の人間たちは、「売れない」と言っているけれど、まあ当たり前といえば、当たり前なんです。

社会の人たちが求めていないのです。

幸福感の転換期


その、矛盾は常に、私のなかにあります。
家業であるこの仕事を始めたときの最初の違和感は「なんでみんなジュエリーなんて高いものを買うのだろう?」という驚きでした。
でも、この感覚って、実は正しかったのかも知れないと、今思っています。

「資本主義」というと、すごく話が大きくなってしまうのですが、結局は大量生産、大量消費の上に確立されて来た「幸福感」みたいなものが、今、根底から崩れていると思います。
自分ががむしゃらに働いて得た対価としてのお金で、ステータスであるジュエリーを買うという行動が、もう人の「幸福感」を満たさない。

誰のためにつくるか


とはいえ、「ジュエリー」というものを太古の昔にもっとさかのぼってみると、富の象徴としての意味合いもあるけれど、家族や愛する人たちへ、想いを受け継ぐという意味もあったことがわかります。

私はあえて、後者のためにジュエリーをつくろうと思っています。

豪華な、成功の象徴としてのジュエリーも、確かに素晴らしい部分もあるのです。
それは、人がつくり得る技術と美的感覚の粋を極めているから。
それはそれで、決して否定はしないけれど。

私がつくるジュエリーはそういう意味合いのものではなく、今の閉塞感に満ちた社会や、既成概念でがんじがらめになっている人たちが、ほんの少し安らげる、そんな感じのものです。

いいものには、理由があり、生き残るべき意味がある


そのために、やっぱりきちんとしたプロが作る仕事を提供したいと考えています。
確かに、超高級ジュエリーのレベルまで仕事を質を持っていけるか?といえば、それはウソになるでしょう。

だから、一品もののハイジュエリーをつくっている人には笑われてしまうかも知れないけれど、それでも最終的に身につける人のことを考えて、ずっと使えるものを提案しよう。

確かに今求められている、コンセプトありきの仕事の仕方も社会を良い方向に導いていくためには必要。
その一方で、そこにはやはり昔からこつこつと技を磨き上げてきた、職人の仕事が大切だと感じています。

いいものを、生きながらえさせる。

あえて、最もいらないといわれる、しかも高額の時代遅れの仕事を通じて、これからの「幸福感」に少し提案をしていこう。

シンコーストゥディオ/ジュエリー・アーティスト・ジャパン(JAJ)

代表 米井亜紀子

働く女性の 地域コミュニティ

働いているからこそ、地域でのつながりも欲しい


数年前からはじめている「チトフナ働く女性ミーティング」。
基本、ガチで働いている女性に声をかけ、不定期にお話をしたり食事をしたりという集まりをしています。

これをはじめたきっかけというは、シンコーストゥディオというこの、小田急線の小さな駅のお店に足を運んでくださる働く女性たちがなんとも魅力的で、しかも面白い。

みなさん、結構国際的な仕事に携わったり、自分で農業をやっていたり。
かなり、自分の人生に前向きかつ、社会に対して本の少し自分の時間を割いてみようと考えているところが、その塩梅(あんばい)がなんとも素敵です。
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普段は、結構厳しい場面をぐっと一人でこらえている。
そして、家庭や地域でもそれなりの役割を果たしている。

だからこそ、かえって地域でつながれたらおもしろいだろうなあ?と思って始めたのがこの「働く女性ミーティング」。

仕事だけではなく、人としてバランスがとれていること


確かに、世の中からみたらかなりのキャリアのある方がとても多いのだけれど、彼女たちの人の評価の仕方というのがまたとても自然で面白い。

仕事だけの人に対しては、それほどの興味を抱かない。

仕事+家庭+地域

この3本立てをとても大事にしているように感じます。

そして、普通の生活を送る、「生きている」ことに感謝する。そんな根っこがあるように感じます。

キャリアのある女性の子育て談義


その中で、非常に興味深いのが子育て談義。
キャリアのある、ずっと共働きをしてきた子供。特に息子に関しては、なんだか社会的にはダメダメ息子が多いのです

両親とも、それないりの大学を出て、キャリアがあって。
いわゆる、社会の勝ち組と言われるような人たち。
その子供たちが、愉快に社会からずれている子供が多いのです。
それは、もう本当に痛快に。

これは統計を取ったわけではないのですが、私の息子も含め、成績はずたボロ。
やる気もないし。

「子供って自然に育つと思っていたら、ちゃんとお世話してあげないと、育たないのねー!?」とため息吐息。

しかし、でも共通しているのは、皆結構その息子たちの幸福感が高いということでしょうか?
そういう意味で、今の世の中を幸福に生きるすべを備えていると、良心的にとらえられなくも無い。
そして、子育てというのは10年そこらのスパンで考えてはいけない、もっともっと子供の一生の人生を通して、彼らの心の中に何を残せたかだと、かなり悠久の年月を考えてみていかなければならないようです。

いずれにしろ、子供は親の思うようには育たない。
別人格。
それを知ることだけでも、親の人間性が育つと思うのです。

思い通りに行かない生き物と日々、接してきていることで、視野がとても広くなるようです。
そこから、彼女たちの気持ちいい生き様が創り上げられているのかもしれません。

シンコーストゥディオ/ジュエリー・アーティスト・ジャパン(JAJ)

代表 米井亜紀子

ワーキング ウーマン - もっと気楽に、だけどしぶとく 働くとういうことの本質

働くということの本質


電通の社員の自殺から、働く女性についての議論がとても盛んにされている。
そういえば、かつて私も男女機会均等法の後を追って、就職した世代で、確かに男性と同じ仕事で同じ給料を頂いていた。

そして、残業も相当こなしたし、たいした数字ではないけれど数字を持ってセールスもしていた。
しかし、しかし今になってみると、あれは仕事といえたのか?本来の仕事ってもっと自分で考えることだったのではないかな?とも思う。
そもそも、「働くということの本質」って何だろう?
家事でも育児でも、農業のような最初から何かを生み出す仕事でも、何でも社会で何かしらの役割を担っていれば「仕事」ではないでしょうか?
社会の注目を浴びやすい仕事もあるだろうし、そうではない地味な仕事もあるだろう。

でも、結局はその人が社会とつながって、最終的に自分も充足感を感じ、社会にも何かしら寄与するという形が一番いいように思います。
そして、会社で地道にずっと働いていくのもいい。

しかし、1つだけ重要なのは、「考えることをやめてはいけない。」ということだと思います。

常に新しいことに挑戦してみよう


歩みは、のろくてもいいんです。
時々さぼったり、気晴らししたり。それでもいいので、地道に、粘り強く続けていくことが必要なのかもしれません。
とはいっても生きていかねばならないので、実はそれほどのんびり出来るわけではないでしょう。

地方に移住した友人がよく言うのは「地方に移住したらのんびり・・・みたいなことを皆言うけれど、毎朝畑の世話をしなければならないし、薪(まき)を用意するのだって大変。決してのんびりではないよね。」ということ。

だから、どこに行こうが楽な仕事なんて無いけれど、それをどれだけ自分が充足感を感じるか?ということなのかもしれません。
ずっと同じことをしていると、つい日々ルーティンにおちいりがちですが、そこをガンと時々壊して新しいことに挑戦してみる。

そこで、また何か新しい出会いとか、刺激とかそんなものが生まれる気がします。

ひたすら続ける


私が今していることが、仕事といえるかどうかは別として、とりあえず続けようと思っています。

時々休みながら、
また、
ひたすら続ける。

そういう姿勢で仕事だけではなく、人生全般を生きたいなと思います。

まだまだ、ですが、結局は仕事はその人の人生観そのものなのかもしれません。

だから、今がんばって働いている、20代、30代の女性たちにも、言ってあげたい。

もっと肩の力を抜いて、いい加減でも生きていける。
でも、地道に続けていこう!と

マイナスを、プラスにするように社会の仕組みに働きかけていくこと


私が感激した働く女性たち、ワーキングウーマンのストーリー・ブック。
私たちの後に、続く働く女性たちへのエールのつもりで取材し始めました。
ひたむきに生きる人のために-STORY BOOK 働く女性編
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本当に、この方たちは、足が地についている。読めば明日の活力が生まれてきます。
今は、仕事を持った人だけの取材ですが、実は仕事の意味はもっと広いかな?と思っています。
だから、家庭で専業主婦をしている人でも、パートでもそれはそれで、素晴らしい。
いくらでも、どこでも、どんな立場でも、経験を無駄にしない。
自分がマイナスだと思ったことを、プラスにするように社会の仕組みに働きかけていくことを、「仕事」っていうのかもしれません。

シンコーストゥディオ/ジュエリー・アーティスト・ジャパン(JAJ)

代表 米井亜紀子

キャリアがあるけど、一番手じゃない女性の働き方


仕事に真剣に取り組んでいる変わった人たちが集まってくる


最近、狭い地域のなかで「働く女性ミーティング」なるものを、不定期で開催しています。
ここに集まってくる人が面白くて、世田谷小田急線各駅しか止まらない駅なのに、やたらと国際的な仕事をしている方が多い。
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STORYBOOK- 働く女性編

30年近く世界中の空を飛び回っているCA。外資系企業で、コントローラーをしている女性。大使館に勤めている方。自分で農業をしている方。

なんでこんな面白い人たちが集まってしまったのだろう?と思えるほど。

この集まりの条件は、ただ一つ。仕事を真剣に取り組んでいるかどうかということだけ。
特に、地位や働き方は問いません。単なる仕事に対する姿勢だけです。

2年前ほどに、声をかけたら地域でガチで働く女性が集まれるところって、実はほとんどないということに気づきました。
みな、集まりたがっている。そこには、ちょと違った価値観がありました。



長く仕事が続く女性の条件


そこで話題になったのが、「私たちって一番手ではなかったよね。」というはなし。
たとえば、結婚した時点で、家庭をとるか、仕事をとるか。 また私ぐらいの世代(40代~50代)のいわゆる、男女機会均等法世代の時代には、子供を産んでフルタイムで働くということ自体が、かなりめずらしい存在でした。

だから、その時点で完璧主義の人は、仕事をやめて家庭に入り、子育てや家庭のことに専念していた。
ということらしいのです。

確かに、とても思い当たる節があります。

フルで仕事をしながら、家事、育児、仕事をすべてこなそうと思ったら、今の日本の社会では高すぎてベビーシッターも中々毎日は雇えないし、物理的に無理。

そうすると、なんとなく「まっいいか!」と割りきりが出来ないと精神的につらくなる、続かなくなると思います。

したがって、かなり女性の中でも、いい加減目の人のほうが、仕事が続いているということかも知れません。そのあたりのバランス感というか、そういうことでしょうか?


社会に順応しない個性的な子供たちが生まれている


その結果が、また面白いのです。
皆さん結構、息子さんに苦労している方が多い。

皆さんご夫婦そろって、いい大学を出ていたり、いい会社に勤めていたり、決して勉強が出来ないほうでなかった方々。

しかし、キャリアを持って仕事を続けている方の息子さんが、桁外れに勉強をしない。もう留年しそうとか、そんな話をよく聞きます。
何と言ってもその代表格は、我が息子であったのですが。
一番ひどいときは「1」が9個。

レポートを出さないと留年決定なのに、先生からメールが来ていて「まだ5本レポートでていませんが、どうしましょうか?」というお問い合わせには、かなりまいりました。

一般的には、社会に勝ち抜いてきたように見えるキャリアの女性には、そういった個性的な息子、娘がなぜか多い。

世間体的には、そういった子供は負け組みなのかな?
でも、なんとなく彼らの生き方が、実は今の社会の一番鋭いところをついているような気がします。

学校の教育というのが、あまりにもガラパゴス化して、あるいはコマーシャライズされていて、行く必要のない大学に皆行こうとしているのかも知れない?とも思います。


こういった子供たちがこの先どうなるか?ちょっと、楽しみでもあります。

シンコーストゥディオ/ジュエリー・アーティスト・ジャパン(JAJ)

代表 米井亜紀子

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